(やっと再開)「占いと私」その9
知る人ぞ知る、知らない人は誰も知らない(そりゃそうだ)
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なのにしょっちゅう連載中断する
私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの
Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、「占いと私」です。
☆☆☆
母からの「愛の呪縛」への悩みを解いてくださった四柱推命の先生に
英語の仕事も占い師も両方向いている、でも
どちらかをまず、プロと言えるレベルにしないと
一生器用貧乏のままやでと言われたわたくし、meg。。。
占いは年取ってからでもいい、
暗記の必要な英語の勉強を先にすれば?という
四柱推命の先生のアドバイスに従い
英語スクールの通訳翻訳科の扉をたたいたのが1999年(たぶん)。
(早く書き上げないとどんどん忘れちゃうYO!!)
娘は小学校の低学年になっていたけれど
生まれてからしばらく病気ばかりする子で
フルタイムの仕事に復帰するのは無理。
都市ドーナッツ化現象で保育園はガラ空きだったので
まずは保育園に入れてもらい、某ゼミの赤ペン先生を始めて
5年くらい経っていたころと思います。
今はもっと選択肢があるかもしれませんが
当時は通訳翻訳者養成コースがあるスクールは京都市内にふたつ。
そのうちの近い方の入学テストを受けて通訳者準備コース?だったかなぁ、
90分授業が週2回のコースに入りました。
学費は高かったけど、OL時代にガッツリ貯めておいた(笑)
(バブルだったから金利も高かった\(^o^)/)
貯金を下ろしてエイヤっと払いましたよ。
何かを学ぶ、習得する、それでプロになろう!
と「本気で」思ったらお金(=エネルギー)を出さなきゃね。
(お金を出さないなら独学エネルギーが必要です)
(私はネが怠惰だから独学は無理w)
大枚はたいたからこそ、必死に授業を受けて
スキルを身につけて、仕事に就いて報酬を得て
授業料の元を取り、やがて自分の儲けになる。
「身銭を切る」とはそういうことです。。。
と、この時学びました。
そのスクールには2年間通いました。
ナマケモノの私が授業をサボったのは1回。
(わたし史上快挙w)
週2回の通学と大量の宿題、赤ペン先生の仕事を泣きながらこなし
(本気で2回号泣した記憶があります)
でも、今でも仲良くしてもらっている仲間とも出会った
辛くて楽しくて充実していた2年でした。
だがしかし。
最終的な目標は
国際会議の同時通訳ができるくらいのレベルを目指していたのですが
どーーーーーしても「同時通訳本科」という難しいクラスに合格せず。
当時は「なんで私が受からないの?先生、見る目ないんちゃう?」
とノータリンなくせに妙に上から目線の生徒でしたが(笑)
いま思うと、やはり同時通訳本科に受かった人に比べたら
私の努力や勉強時間、つまり「本気度」が足りなかったから、
というのがよくわかります。
それと、今改めて振り返ると
英語の勉強も好きだったけれど
占星術やその他の神秘学や心理学の勉強のほうが好きだし楽しい!
同時通訳の勉強は苦しかった(爆)。
ホロスコープで見ても
通訳に適性がないわけじゃないけど
神秘学やオカルトのほうが断然イキイキするやろ♪
って感じですしね~。
で、英語スクールに満2年通った時点で
同時通訳目指して3年目も学び続けるのか?
どうする自分?
というところで今回はフィニッシュ☆
「占いと私」その1はこちら
http://www.stellaforte-kyoto.com/blog/294.html
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