「占いと私」その5

さてさて、今宵はその5

 

「ま、魔法???母からの電話がかかってこなくなった!」

 

です。

 

☆☆☆

 

四柱推命の先生にキョーレツな過干渉の母の件を相談して

私から「母からの呪い」のようなものが取れたその夜から、

毎日かかってきて私を悩ませていた

母からの電話がピタっと止まったのです!

 

私が結婚してからも、電話はほぼ毎晩

いろいろなのが詰め込まれた宅急便が週一ペースで届きました。

母本人も月一くらいで京都に来ていました。

近所のママ友にも「おかあさん、また来てはったなぁ」

とよく言われたものです。。。

 

その母からの電話がピタリと止まった!

魔法か???とも思いました(笑)。

 

これは、のちに勉強した心理学でわかったのですが

私の中の「母というもの」の原型が変化したから

現実の世界に投影される母も変化したのでした。

 

それまで毎日かかっていた母からの

私を負け犬、負け組、とののしる電話が止まりました。

晩ごはんが終わって、娘が寝た後の静かな夜に落ち着いて

自分のこれからの人生について考えました。

 

この、初めてプロの占い師さんに見てもらったのは

たしか34歳の時だったと思います。

 

私は子どもが生まれて、その子が病気ばかりするので

元の会社にフルタイムで復帰することをあきらめてから

子どもがもう少し大きくなって病気をしなくなったら

少なくとも35歳までにはフルタイムに近い形で

社会復帰したいという目標を持っていました。

 

子どもが2歳になったとき、つまり私が28歳の時

近所の保育園が空いていたので入れてもらい

家でできる、某ゼミの赤ペン先生を始めました。

 

それは34歳当時も続けていたのですが、

決して好きな仕事ではなかったし(細かいマニュアル苦手!→乙女座ゼロ!)

もっと外に出る機会の多い(ホロスコープの上半分に天体9つ!)

「私」というオリジナリティを生かせる仕事がしたいと思いました。

(アセンダント水瓶座がムクムクと)

 

選択肢は2つ。

いちおう英語で会話はできたのですが、レベルアップして通訳・翻訳者。

あるいは生来のオカルト好きに四柱推命の先生に人生を救われた経験をプラスして

「占い師」。

 

どちらも同じくらい魅力的で

うーーん、うーーーん、と考えても結論が出ない。

でも、どちらを選ぶかで

その後の人生の流れはだいぶ違ってくる。

 

もし占い師を選んだら

どこで何を勉強したらいいのかわからない。

そもそも、何占いを勉強したらいいのか???

 

うーん。

そうだ、もう一度、あの四柱推命の先生に聞いてみよう!

(丸投げ作戦)

 

というわけで

初めての四柱推命の二日後(火星金星射手座なのでアクション早いw)

というのも、その先生は当時、占いルームに入るのが

火曜と木曜とスケジュール表に書いてあったので

火曜に初めて行って、二度目は木曜に行ったのでした。

 

「英語の通訳か占い師、私はどっちが向いてますか?」と聞くと

 

先生の答えは。。。

 

待て次号!(だからもういいって)

 

☆☆☆

 

今日は眠くて眠くて玄界灘なので

CM割愛w

 

 



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