読み物「占いと私」

「占いと私」その8

知る人ぞ知る、知らない人は誰も知らない(そりゃそうだ)

密かな人気コンテンツ

なのにしょっちゅう連載中断する

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

☆☆☆

四柱推命の先生に、英語の仕事も占い師も両方向いていると言われた私。

どちらかをまず、プロと言えるレベルにしないと

一生器用貧乏のままやでと言われ。。。

 

「いったい私はどうすれば?」と先生に聞くと。

烏賊、じゃなくて以下、四柱推命の先生のお答え。

 

 

あなたは占い師の素質があるし、もしよかったら

私の内弟子にしてあげてもええよ。

でも、私のおすすめは。。。

占いは年いってもできるやん?

でも、英語の勉強は暗記も必要やし

ある程度若くないと無理やん?

せやし、まず英語の勉強を集中してやってプロになって

余裕が出たら占いの勉強を始める。

これでどうえ?

 

 

そうします!

母からの呪縛を解いくださった先生の言わはるとおりにします!

 

そして私は(まずは)英語のプロになるべく

某・通訳翻訳者養成校の門をたたいたのでした。

20世紀の終わり、1999年ごろだったと思います。

 

~つづく~

 

 

 

どーでもいいから、ハーネス外してくんないかな?

ぼく、月が牡牛座だから、「ここちよくないもの」大嫌いなんだ。

 

(ええ~~~、苦しくないように、一生懸命探したオーガニックコットンなのに。。。)

 

IMG_3646

 

 

 

 


「占いと私」その7

 

 

 

知る人ぞ知る、知らない人は誰も知らない(そりゃそうだ)

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私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

☆☆☆

 

2回目の四柱推命の先生とのセッションで

英語の仕事も占い師も両方向いていると言われた私。

さあどうする???

 

というところからの続きです。

 

いきなり両方向いていると言われ困惑する私が

質問をするより先に先生がさらに説明してくださいました。

 

『アンタはな、基本アタマえーさかい、なんでもできはんねん。

それに器用やし、なんでもチョチョッとやるとすぐに

一応のレベルまで達するやろ?

それがアンタの人生のええところでもあり弱点でもあるねん。

何かひとつ究めへんかったら、器用貧乏のまま終わるえ。』

 

ギョエーーース、器用貧乏のままは嫌ですーーー!!

 

『せやし、英語も占いも向いてはんねんけど

いきなり両方するのんちごて

どちらかを先にちゃんと勉強してプロにならなあかん。

せやないと、どっちもチュートハンパなまま

器用貧乏まっしぐらや」

 

 

・・・・・・・やーよw

 

 

いったい私はどうしたら???

 

烏賊次号!じゃなくて、以下次号!!

変換が変だぞmy PC !!

(持ち主が変だから by PC)

 (烏賊のレシピを調べていたからです。。。)

 

☆☆☆

 

あさってから、占星術セミナーベーシッククラス

6時間インテンシブコース始まります!

今からのお申込みだとテキストが1回目に間に合わないけれど

私のをお貸しします!滑り込み受講歓迎!!\(^o^)/

(ただし女性only)(男子は涼しくなったら男子部作るよ!)

8月12日(日) 10:30~ ステラフォルテ京都 宇多野・望月荘にて

筆記用具とボイスレコーダー、お昼ご飯をご持参ください。

 

お盆休みの日曜から無理!というそこの貴女

2回目の8月26日(日)からでもいいですよ。

1回目「占星術の歴史、成り立ち、四元素について」は、2回目の前後に補講をします。

まずはお問い合わせください♪

 

 

 

 


「占いと私」その6

 

 

 

・・・・・小林君、待たせたね・・・・・

(誰も知らないよそんな古いネタ)

 

また3日あいちゃった、テヘペロ。

(やめい)

 

☆☆☆

 

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

35歳で社会復帰という目標達成のために

英語関係の仕事をするか?

その場合は通訳と翻訳、どっちが向いているか?

はたまた占い師になるか?

だとしたら何占いがいいのか?どこで学べばいいのか?

 

自分では決められずに

またまた四柱推命の先生に聞きに行った他力本願な私。

(天体がほとんど西側だからこれでいいのだ)

→意味が知りたい人はステラフォルテの占星術セミナーへ!

(今日は本文にCMぶっこんできたよ!)

 

私の問いに対する先生の答えは。。。

 

「どっちも向いてるえ。」

→この「え」は京ことばの「え」ね♪

 

エエッツ!!どっちも!

いったい私はどうしたら!

 

待て次号!はあっ?短かっ!!

 

☆☆☆

 

明日、明後日忙しいからごめんなChina。

 

☆☆☆

ステラフォルテの占星術セミナーベーシッククラス

6時間インテンシブコース

今度の日曜から始まるよ!

迷ってるそこの貴女、思い切ってお問い合わせページへ!

 

Universe Space is really big.

 

 

 


「占いと私」その5

さてさて、今宵はその5

 

「ま、魔法???母からの電話がかかってこなくなった!」

 

です。

 

☆☆☆

 

四柱推命の先生にキョーレツな過干渉の母の件を相談して

私から「母からの呪い」のようなものが取れたその夜から、

毎日かかってきて私を悩ませていた

母からの電話がピタっと止まったのです!

 

私が結婚してからも、電話はほぼ毎晩

いろいろなのが詰め込まれた宅急便が週一ペースで届きました。

母本人も月一くらいで京都に来ていました。

近所のママ友にも「おかあさん、また来てはったなぁ」

とよく言われたものです。。。

 

その母からの電話がピタリと止まった!

魔法か???とも思いました(笑)。

 

これは、のちに勉強した心理学でわかったのですが

私の中の「母というもの」の原型が変化したから

現実の世界に投影される母も変化したのでした。

 

それまで毎日かかっていた母からの

私を負け犬、負け組、とののしる電話が止まりました。

晩ごはんが終わって、娘が寝た後の静かな夜に落ち着いて

自分のこれからの人生について考えました。

 

この、初めてプロの占い師さんに見てもらったのは

たしか34歳の時だったと思います。

 

私は子どもが生まれて、その子が病気ばかりするので

元の会社にフルタイムで復帰することをあきらめてから

子どもがもう少し大きくなって病気をしなくなったら

少なくとも35歳までにはフルタイムに近い形で

社会復帰したいという目標を持っていました。

 

子どもが2歳になったとき、つまり私が28歳の時

近所の保育園が空いていたので入れてもらい

家でできる、某ゼミの赤ペン先生を始めました。

 

それは34歳当時も続けていたのですが、

決して好きな仕事ではなかったし(細かいマニュアル苦手!→乙女座ゼロ!)

もっと外に出る機会の多い(ホロスコープの上半分に天体9つ!)

「私」というオリジナリティを生かせる仕事がしたいと思いました。

(アセンダント水瓶座がムクムクと)

 

選択肢は2つ。

いちおう英語で会話はできたのですが、レベルアップして通訳・翻訳者。

あるいは生来のオカルト好きに四柱推命の先生に人生を救われた経験をプラスして

「占い師」。

 

どちらも同じくらい魅力的で

うーーん、うーーーん、と考えても結論が出ない。

でも、どちらを選ぶかで

その後の人生の流れはだいぶ違ってくる。

 

もし占い師を選んだら

どこで何を勉強したらいいのかわからない。

そもそも、何占いを勉強したらいいのか???

 

うーん。

そうだ、もう一度、あの四柱推命の先生に聞いてみよう!

(丸投げ作戦)

 

というわけで

初めての四柱推命の二日後(火星金星射手座なのでアクション早いw)

というのも、その先生は当時、占いルームに入るのが

火曜と木曜とスケジュール表に書いてあったので

火曜に初めて行って、二度目は木曜に行ったのでした。

 

「英語の通訳か占い師、私はどっちが向いてますか?」と聞くと

 

先生の答えは。。。

 

待て次号!(だからもういいって)

 

☆☆☆

 

今日は眠くて眠くて玄界灘なので

CM割愛w

 

 


「占いと私」その4

 

その4、昨日の夜に予約投稿したと思ってたら

してませんでした(笑)。

下書き書いたはずなんだけど、あれは夢だったのかしら。。。

(しっかりしろー)

 

 Universe Space is really big.

 

 

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』

その4です。

 

☆☆☆


四柱推命の占いルームに飛び込むと

そこにいたのはちょうど今の私くらいの

中年の優しそうな女の先生でした。

生年月日を言うと、命式を出してくれて開口一番


「アンタ、こんなお母さんがいはったら、今までの人生苦しゅうてたまらんかったやろ?」


とおっしゃったのです。


それを聞いて、ポロポロポロ!っと私から鱗やら鎧やらいろんなものが落ちて

スーーーっと楽になりました。


「やっと私のことを分かってくれる人がいた!」と感じたのです。


母は私に対しては、私が子どもの頃は体罰、暴言、

大人になってからは過干渉(あんど暴言w)が日常茶飯事でしたが

ソトヅラがいいし(笑)、よその人から見たら

いつも綺麗におしゃれして朗らかでピアノの先生で

そんなお母さんの何に文句があるの?


という感じだったので、本当に苦しかったのです。


四柱推命の先生には母のことはまだ言ってなかったのに

私の命式を見ただけで

私にはキョーレツな母親がいることを指摘したのです。

びっくりしたなぁもう。

(占星術で考えると、私の出生チャートの月が8ハウスに当たるかな。)

 

先生は続けて


「一緒に住んではんの?」


「いえ、結婚してからは京都と東京で別々に住んでます。

しょっちゅう来ますけど。」


「せやろなー、一心同体!絶対離すもんか!って勢いでくっついてはるわ。

地球の向こう側にでもお嫁にいかな、そりゃー東京~京都くらいなら

お茶の子サイサイでしょっちゅう来はるわw」


さらに続けて


「このお母さんはな、アンタやお父さんや他の人が何をしてあげても気にいらへんねん。

この人の求めるレベルのものはこの世にはあらへんねん。

せやし、アンタはアンタで勝手に幸せになったらえーねん。

アンタが自分で思う幸せがアンタの幸せ。

お母さんは関係あらへん。」


「お嬢ちゃんの育て方にしてもな、アンタは間違ってへんで。

アンタのやり方でええねんよ。

それに、お母さんも子どもを教育するのはうまい人やし

お母さんがアンタにしてくれて良かったことはやってあげて

嫌だったことをしーひんかったらえんにゃ。」


そう言い切ってもらって、もうそれだけで嬉しくて、

満足して占いルームを後にして帰宅しました。

 

これが私の「初めてプロの占い師さんに見てもらった」時のことです。

 

。。。そして帰宅すると、その夜から驚くべき事象が。。。

 

待て次号!(もういいから)

 

 

☆☆☆

 


ここからCMコーナー

8ハウスの月って何??→ステラフォルテの占星術セミナーへ

私も子育て悩んでます!どうしたらいいの?→ステラフォルテの占星術カウンセリングへ

お待ちしております☆

 

飛び切り暑い今年の夏

ステラフォルテで自分の星回りを知って

いい冷や汗かこうぜ(意味不明)♪

 Zodiac Signs Prediction Horoscope Astrological Concept

 

 

 


「占いと私」その3

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

☆そうだ、占い行こう!~実の親との葛藤を乗り越えるために

 

私は一人っ子なので、物心ついてからずっと、

結婚してからも、親からの干渉がすさまじかったのです。

私が小中高のころ希望した進路は親によって全否定(笑)。

幼稚園の年長さんだったころ、初めて口にした憧れの職業は

「お洋服のデザイナー」。

 

なんとなく幼稚園に行きたくなくて

「おなかがいたい」と言ってズル休みした日。

お医者さんに連れて行かれたあと

私の同級生のおうちへ寄りました。

母親同士がいわゆる今でいうママ友だったのです。

 

そこで私はお絵かきをしながら

母親同士のおしゃべりに付き合っていたのですが

お友達のママが私に

 

「megちゃんは大きくなったら何になりたいの?」

 

と聞いてくれました。

 

私はクレヨンで絵を描きながら(ドレスを着たお姫様の絵を描くのが好きでした)

 

「お洋服のデザイナー」

 

と答えたら。。。

 

母が突然、ものすごい勢いで

幼稚園児の夢を否定しだしたのです。

今でも一言一句覚えていますが(さすが水星さそり座w)

ここに書いたら炎上しそうなひどい言葉を投げつけてきました。

 

年端もいかない、幼稚園児にですよ?

ちびっこの他愛もない夢に、よくそれだけマジに罵詈雑言吐けるよね、

って今でも感心します。

多分、母の何か地雷を踏んだのでしょうね。

 

一部をご紹介しますと(笑)

 

「デザイナーなんてものはね!シャネルやディオールみたいになれるのはごく一部でね!」

 

幼稚園児にいきなりシャネルにディオールかよ。。。w

ハードルたけー。

 

このあと延々と、デザイナーという職業をくさして

そして、それになりたいと言った私を非難し続けたのです。

 

あっけにとられる私と、お友達のママでしたが。。。

 

そのお友達のママは母と同い年で、当時からお習字の教室を開いていて

私も習いに行っていました。

そして、ご主人の転勤で全国を転々としながらもお習字を続けて

何十年後かに掛け軸一つ何十万!というカリスマ書道家さんになられたのですが

(日本より先に外国でブレイクしたので日本ではあまり知られていません)

 

そのおばさまが、母のヒステリーが収まるのを待って

 

「デザイナーになりたいんだったら

いま描いてるような可愛いお人形さんの絵だけじゃなくて

デッサンを習ったり、美術館に絵を見に行ったり

いろいろお勉強しなきゃいけないことがあって忙しいわよ!」

 

と言ってくれたのを覚えています。

やっぱり偉くなる人って子供相手でも言うことひとあじ違うわー。

 

一応、母の擁護もしておくと

母だってピアノの先生として自宅でたくさん生徒を教えて

ときどき声楽の伴奏ピアニストとして舞台にも立っていた

元祖サロネーゼというかプチ起業ミセスというか

イケてるwヤングミセスだったのですが(当時)。

なのに、娘である私の夢に対してはことごとく↑のような態度で

叩き潰すのです。

(突然のヒステリーは当時悩まされていた婦人科系疾患に対する

ホルモン剤の副作用だと本人は言ってますが)

 

それた話が長くなりましたが。

それ以降、

ピアニスト、ミュージシャン、心理学者、
メイクアップアーティスト、フライトアテンダント
通訳ガイド、ツアーコンダクターなど。

これらの進路=なりたい職業はすべて私のホロスコープに見事に合致していますが

全部、すがすがしいくらい全否定\(^o^)/


大学4年の時も希望の進路は却下され、挙句の果てに就活も禁止、

父が勝手に就職先を決めてきました。

聞こえのいい有名企業ではあったけれど、私のやりたいことではなかったので

このままでは私の人生、親の言うなりで終わってしまう!と

親、というか母があまり賛成しない相手と結婚して京都に来たのが24歳の時。

 

そしてすぐに

学生時代に入りたいと思っていた企業(国際会議運営)の大阪支社の求人をみつけて

採用されて、昨日書いたドクターストップまでの2年間働きました。

 

親の干渉、特に父は愛ゆえ、というのもわかってはいました。

 

父は(かに座丸出しの)、娘可愛さ余って自立させたくない、羽ばたかせたくない病で

私の望むことはダメダメダメ!しか言いません。

私は(9ハウス太陽なので)、なるべく遠くへ飛んでいきたいのに。

母は(夢見るうお座)、自分の夢を勝手に私の人生に投影してファンタジー大作を作り上げ

私がその通りにならなかったので

「お前は負け犬、負け組!私の夢を返して!」

と毎晩電話してきました。

(大阪で採用された会社の最終面接の倍率は36倍、配属された勤務地は京大医学部

どこが負け犬の負け組やねん!て思うけど

母のシナリオではこういうのは価値がなかったようです。。。)

(でも、憧れだったその会社、入ってみたら超ブラックだったんですけどね!爆)

(また別の機会にじっくりと。。。)(某ちゃんねるにスレたってるw)

 

夫も自分の人生と、私と娘を食べさせるので手一杯→よく食べるしw

私の愚痴なんて聞いている余裕はありませんでした。

 

苦しくて、淋しくて、もうここから飛び降りて何もかも終わりにしてしまおう!

と、何度も4階のベランダから身を乗り出しました。

でもやっぱり飛び降りるのは怖いし、私だけ死んでしまうのは悔しい。

でもどうしたらいいのかわからない、と悶々と悩む日々が続きました。

 

転機がやってきたのは娘が小学校に入学したころ。

小学生になったら急に病気をしなくなり、毎日元気に学校へ行くようになったので

1人でアタマを冷やす時間ができました。

そうしたらなぜか、「そうだ、占い、行ってみよう!」と思いつき

なんとなく行くならあそこ、と決めていた四柱推命の占いルームに飛び込みました。

 

 

 

ここからCMコーナー

9ハウス太陽だとなんで遠くへ飛びたいの?→ステラフォルテの占星術セミナーへ
私の親も過干渉、どうしたらいいの?→ステラフォルテの占星術カウンセリングへ

お待ちしております☆

 

 

占いルームに飛び込んだら、そこで待っていたのは。。。

 

fortuneteller during Session with tarot cards

 

こんなに怖いおばあさんではなかったです。

待て次号!

(っていうほどのもんじゃない。。。)

 

 

 


「占いと私」リターンズ☆その2

 

 

≪いつになったら完結すんねん!≫

 

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

☆大人になってからの占いとの関わり

~オカルトから健康オタクへ、そして親友の死

 

大学生を卒業し、社会人になり、結婚して母になり、、、

と時を経て占いやオカルトにだんだん興味が薄らいでいきました。

悩みもあったとは思うけど、それよりも毎日が充実して夢があったし

その夢がかなわないなんて思いもしないくらい若かった日々でした。

 

娘が小さいうちは、オカルトより健康を意識してか、インドのアーユルヴェーダの書籍を読み漁り

その中でインド占星術に興味があって一度だけ鑑定をお願いした覚えはあります。

でも、なんかピンと来なくてそれっきりでした。

 

26歳で娘を産んだのですが、妊娠8か月までフルタイムで会議運営の仕事をしていました。

ところが8か月の検診でドクターストップがかかり

「明日から立ち上がっても歩いてもダメ!」と言われ、突然の寝たきり生活が始まりました。

 

勤めていた会社にはワーキングマザーの先駆けになってくれと言われましたが

生まれた娘も次々病気をする子で、とてもじゃないけど無理でした。

 

私のホロスコープは円の上半分に天体が9つ集中しています。

下半分には木星1つだけです。

こういう星回りの人は家にじっとしていることができません。

社会の中で、自分以外の人々と関わっていくことが自己実現に必須なのです。

 

そんな私にとって狭いマンションで病気ばかりして、夜泣きのひどい娘とだけ向き合う毎日は

本当に苦しいものでした。

 

娘がこの世で一番大切でいとしい存在であることは間違いないけれど

家の中で子育てしているだけでは「自分」が存在しないも同様だからです。

 

そんな自分は良い母親じゃない、人間失格なんだと悩みました。

公園に行っても「◎◎ちゃんのママ」でしかなく、学生時代の、仕事していた時の

あのイキイキしていた私はどこ?

一体私は何のために生きているの?

っていうか、生まれてきたことが間違いだった?

だって、子育てなんて全然楽しくないもん!

 

・・・ぐるぐる考えても答えは出ないし、近くに親しい友人もいない・・・

 

たった一人、誰よりも信頼できて、本当のお姉さんのように優しくしてくれた

京都に来てからできた大親友がガンで亡くなってしまったのです。

同じような子育ての悩みを打ち明け合って、励まし合っていた人が

ある日突然この世から消えてしまい、それ以来かなり長いこと

泣き暮らす日々が続きました。

 

 ≪ここからCM≫

。。。そんな日々からなんとか浮上し

現在の私は英語の先生と占星術セミナー/カウンセリングをやっておりますよ♪

8月からの占星術セミナーベーシック6時間インテンシブと

カウンセリングもよろしくね!\(^o^)/

 

love astrology

 

 

 


何度目?かもう自分でもわからない「占いと私」リターンズ

ステラフォルテのブログを以前の旧HPから読んでくださってる方は

いい加減にしろよ!と思われるかもしれませんが。

 

未だエンディングを迎えていない人気?コンテンツ

「占いと私」

再チャレンジです(笑)。

 

だって早く書いてしまわないと

もう忘れかかってるもん!

 

ではでは

 

 

私が「占い」というもの、そして西洋占星術にめぐり会うまでの

Me & Fortune telling的なパーソナルヒストリー、『「占い」と私』です。

 

☆その1

 

子どもの頃から不思議なこと=オカルト的なことが大好きだったことは

プロフィールに書きました。

ここではより具体的に、「占い」と私の関わりを振り返ろうと思います。

 

☆☆☆

 

私はいろいろな占い、占い師の先生たちと出会い

そして自分でも占いを勉強することによって

悩みが解決し、自分らしい人生を生きる第一歩を踏み出すことができました。

今から私が書くことによって、今まさに悩みの真っただ中にある方たちが

周囲からの影響、あるいは強制によって作られたものではない、

本当の自分、真に自分らしい人生に目覚めるためのヒントになれば幸いです。

 

☆子ども時代、初めての占いはタロットカード

 

初めて「占い」というものを知ったのは、小学校高学年の頃。

一人っ子の私にとってはお姉さんのようだった7つ年上の従姉妹が

 

「コレ、面白いんだよ~、自分だけでなんでもわかっちゃうんだよ!」

 

と、「タロット占い」をやってみせてくれたのです。

 

「A子(従妹)の明日のデートはうまくいきますか?」
「Y田くんはA子のこと、ほんとに好きですか?」

 

など、女子高生らしい他愛ないことを占って、キャッキャ喜んでました。

その従姉妹は幼いころの私にとっての絶対的ロールモデルで

彼女のやることはなんでも真似していたので

早速本屋さんで同じようなカード付のタロット本を買ってもらいました。

高校生のころまでそのカードで占っていたと思います。

 

いま思い出しましたが、タロットの前は小学生らしく「コックリさん」で

「megのコックリさんは当たる」とクラスでは評判でした。

やはり、太陽、水星、海王星コンジャンクションで9ハウスですから

素質があったんですね(笑)。

 

それと、卒業文集の担任の先生から私への一言が

 

「これからも皆の良きアドバイザーでいてください」

 

でした!

 

さそり座は天性のカウンセラー、アドバイザーと言われますから

小6の頃から無意識に発揮していたのでしょう。

 

~つづく~

 

☆強制特典映像☆

小学校2年生の時、マルチーズのじゅりがウチにやってきました。

ひとりっこの私にとっては弟であり親友でしたが

毎日、じゅりとべったりくっついて過ごしながら

「この日々は永遠には続かない、必ずじゅりのほうが

私より先に死ぬんだ。その日は必ずやってくる」

とわかっていて(→祖父母、叔父叔母の家には全部犬がいたので

犬は人間より先に死ぬと知っていました。)

「その日」のことを思うと悲しくて、よく親に隠れて泣いていました。

水星さそり座丸出し(笑)。。。

 

あー可愛い(爆)→自分で先に言う。

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「その日」はなんと ↑ から16年後

私が結婚して京都に来た年の大文字送り火の日でした。。。

そしてその日、たまたま私は実家に里帰りしていて

じゅりと永遠のお別れをしたのでした。

 

 

 



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